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奈良地方裁判所 昭和57年(行ウ)2号 決定 1982年8月26日

原告 辻山清

被告 運輸大臣

主文

本件を東京地方裁判所に移送する。

理由

一  当事者の申立

1  被告は、本案前の申立として主文同旨の裁判を求め、その理由とするところは別紙「移送申立書」記載のとおりである。

2  原告は、「本件移送申立を却下する」との答弁をなした。

二  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、本件訴えは、被告が昭和五七年四月一五日付でなした日本国有鉄道(以下「国鉄」という)に対する旅客運賃等の認可処分(以下「本件認可処分」という)のうち原告が利用する奈良・新今宮間の普通旅客運賃及び通勤定期旅客運賃(以下、普通及び定期の各運賃をまとめて言う場合は「本件運賃」という)の改定等に関する部分の取消しを求めるものであることが認められる。

2(一)  しかるところ、行政庁を被告とする取消訴訟は、原則としてその行政庁所在地の裁判所の土地管轄に属するところ(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という一二条一項)、本件の場合、行政庁たる被告の所在地は東京都内であるから、本件の一般管轄が東京地方裁判所に属することは明らかである。

(二)  そこで、以下、当裁判所も本件につき特別管轄を有するか否かについて検討する。

(イ) 行訴法一二条二項の管轄について

本件が同条項にいう不動産又は特定の場所に係る処分又は裁決についての取消訴訟であるか否かについて考えてみるに、同項にいう「不動産に係る処分」とは、不動産に関する権利の設定、収用、変更等を目的とする行為あるいは不動産に関する権利の行使の強制、制限、禁止等を命令し、または直接実現する処分のようなものであり、「特定の場所に係る処分」とは、同項に例示されている土地の収用、鉱業権の設定等の対比から言つて、単に「特定の場所に関係ある処分」という程度では足りず、少なくともその行政目的が特定の場所に結びつけられているような処分、たとえば、特定の地点または区域において一定の行為をする権利、自由を付与する処分あるいは特定の地域を定めて一定の行為を制限禁止する処分などを指すものと解するを相当とする。

そして、右に特定の場所というのは、ある程度限界づけられた区域をいうものであることは、文理解釈上明らかである。

そこで、本件認可処分について考えてみるに、国有鉄道運賃法三条一項、五条ないし七条、九条の二、附則一〇条の二によれば、国鉄における本件運賃は、国鉄がこれを定めるが、この場合においては、運輸大臣の認可を要するものとされているところ、右認可なる処分は、国鉄が運賃を定めるについて、これを補充し、その法律上の効力を完成せしめる形成的行為の性質を有するものと解せられるから、運輸大臣の右認可処分が「特定の場所に係る処分」に当たるかどうかは、認可を要する対象たる行為(基本行為)の性質如何、すなわち国鉄の運賃の定め方、改定の仕方如何によるものと解することができる。ところで、同法三条二項によると、鉄道の普通旅客運賃は、営業キロの区間別に定めるものとし、その額は、各区間の中央の営業キロについて同条一項の賃率によって計算した額とするものと定められており(但し、当分の間は附則一〇条の二による。)(定期旅客運賃については同法五条に、営業キロについては同法七条の二に規定)、それは特段の事情のない限り、国鉄が営業する全国の路線にわたって一率に適用されるものとされている。しかして、本件においても、一件記録に徴すると、国鉄は、全国の営業路線における本件運賃の改定を企図し、営業キロの一キロメートルごとに賃率を定める方式により、実施予定期日を昭和五七年四月二〇日とする運賃の改定案を作成した上、右改定案について同年二月六日付で認可申請をなしたことが認められる。そして、本件認可処分は、右改定案に対するものであるから、それによつて効力を生ずる運賃等の改定は国鉄営業路線の全域にわたるものであることは明らかであり、前述した「特定の場所に係る処分」に当たらないものといわねばならない。

しかして、以上のことは、原告主張のように、仮に国鉄の全営業路線中のある特定の区間の路線に限定して当該処分の運賃等の改定に関する認可部分として争うものとしても、本件認可処分が前述の意味における「特定の場所に係る処分」すなわち、原告主張の路線区間の運賃等の改定だけを行政目的とした処分でないこと、変りはない(なお、現在国鉄の旅客運賃のうち首都圏や京阪神地区(本件で取消しを求めている部分も含む)等で大都市圏特定割引運賃制が実施されているが、これは国有鉄道運賃法八条に基づくものであって被告の認可処分の対象とはなつていないので、行訴法一二条二項の適用がないことは明らかである。)。

(ロ) 行訴法一二条三項の管轄について

ところで、運輸大臣の認可の手続については、運輸省組織令四六条五号によると、同省鉄道監督局業務課が、国鉄の鉄道及び料金に関する事務をつかさどることになつており、運賃等の改定について認可申請がなされたときは、業務課は、同省大臣官房政策課と協議した上(同令六条六号)、運輸審議会に諮問し(運輸省設置法六条一号)、その勧告を得て(同法七条)、認可することになつていることが認められる。したがつて、一般に出先の陸運局などが認可事務の処理に関与することはないものと考えられ、他に資料もないから、本件認可処分についても、その事案の処理に当つた下級行政機関なるものは当裁判所の管内には所在しないものというべきである。

(ハ) 以上の次第であり、本件訴えについては、当裁判所は、行訴法一二条二項及び同条三項による特別管轄を有するものではないといわねばならない。

3  よつて、本件訴訟は被告所在地を管轄する東京地方裁判所に移送することとし、行訴法七条、民事訴訟法三〇条一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 諸富吉嗣 山田賢 中村哲)

別紙

移送申立書

申立の趣旨

本件を東京地方裁判所に移送する。

との決定を求める。

理由

本件訴えにおいて、原告は取消しを求める処分を特定していないけれども、いずれにしても、被告運輸大臣が訴外日本国有鉄道に対してなした、普通旅客運賃の改定の認可処分(乙一号証)を争う趣旨であることが窺われる。そうであるとすれば、本件訴えは被告の所在地を管轄する東京地方裁判所へ提起されるべきである(行政事件訴訟法一二条一項)。

なお、被告の右認可処分は、一定の営業キロの範囲内で一キロメートル当たりの運賃を定めることを認可するものであって(たとえば、三〇〇キロメートルまでの間においては、運賃は一キロメートルごとに一三円二五銭である。乙一、二号証)、これは全国一率に定められているものであるから、原告が請求の趣旨で述べている如く、特定の営業区間に限って認可処分の効力を論ずることは、そもそも不可能なことであり、本件訴えは、同法一二条二項にいう「特定の場所に係る処分」についての取消訴訟にも該当しない。また、本件認可について同法一二条三項にいう「事案の処理に当たつた下級行政機関」も存在しないから、いずれにしても、本件訴えは東京地方裁判所だけが管轄を有するのである。

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